おまえとの付き合いも 長くなったね、
はい 小太郎に兄ちゃん、ずいぶん長くなりましたねー
小次郎が JKCドッグショーに参加していた頃には 東北から九州まで
何度となく 応援に行った事も、今では 良い思い出だよ。
そうだったね、僕は 自分の家がどこなのか 解らなくなっていて
札幌の家に帰っても どうも落ち着かなかった気がします。
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小次郎は 2歳になってドッグショーを卒業しましたが、
ショーに参加していたときには 大勢の方々に応援していただき
そして、沢山のお褒めの言葉も いただきました。
しかし その当時 小次郎の深い内面を 考えてあげる余裕が私にはなく
ショーに参加するために生まれ、そして入賞する事が
小次郎の喜びだろうと 思い込んでいたものでした。
無表情になった彼から 生命力と言えるものを 感じる事ができなくなったのです。
札幌の家に帰り、さらに 函館に移り住んでからは
見違えるほど表情豊になり 私たちに甘えたり
仲間と一緒に遊んでいる姿は 活力がみなぎっています。
私は教わりました、私と小次郎はペアであり 群れの中の1員なんだ
みんなと一緒の時が 安定した精神状態でいられるんだと、
その反省もあって、小次郎の娘・ミルク、息子のケント、そしてトーラも、母犬達も
本格的なドックショーには 参加していません。
一つの目標があれば ドッグショーから学ぶ事も あるんでしょうが、
しかし、犬生をそれに賭けたり
それだけを目的に作出されるのであれば、
あまりに 悲しすぎます、
人間は どんな風にでも 犬生を左右できるのですから、
私たちの人生と犬生が 共に協力し、助け合いながら
健康で幸福な時間を保ち続けたいと 私は願っています。
あの頃のお父さんはな、何かに取り付かれた様に見えたもんだった、
お母さんも 呆れていたよ、
兄ちゃんは いつも お父さん、お母さんと 3人で行動していたんでしょう?
東京で、そして大阪、九州などで 僕とすれ違っても
しらない顔して 声を掛けてくれなかったとき
僕は みんなに 捨てられたんだと思っていたよ、
イヤ、それは違うんだ
おまえの 集中力が途切れてはいけないと考えて・・・・
若い頃の1年半という間には 色々な事があって 行動範囲も広かったね、
しかし 自分の居場所が無く 落ち着かなかったなー
今は 自分の家と自分だけの場所、そして みんなと一緒の部屋、
昔のことや昨日の事を ゆっくり思い返して反省もできるから
今日、そして将来の事なんかを じっくり見据えた生活ができる気がするんだ
今、僕は とっても充実しているよ、
兄ちゃん これからもどうぞよろしくお願いしますね、
あー、こちらこそ・・・・まだまだガンバッテ 後輩犬達の協力をしてあげような、
と、でも言っているように思える 夕方の柔らかい陽射しの中の犬舎です。
最後まで見ていただき ありがとうございます
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